Nao N.の雑記

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© Nao Nの雑記 2017

脳出血

父は航空自衛官だったのですが、定年退職後、再就職して2年目で、
仕事中に脳出血で倒れました。

原因は恐らく酒の飲み過ぎ。

脳出血で倒れる前年に、私の母方の祖母が亡くなったのですが、
四十九日まで、週1回お経をあげてもらったあと、
毎回、祖母の家で宴会をしていたようで……。

元々、お酒が大好きな人でした。

私はその時、既に実家から遠方で独り暮らしをしていて、
直ぐに駆けつけることはできなかったのですが、
脳出血直後は家族の名前が出てこなかったようです。
左半身麻痺になりました。

杖をつけば歩ける程度にはなりました(リハビリの成果?)。
家は一軒家なのですが、手すりを付ける等の改装をしました。
介護用ベッドを買いました。
車を右半身だけでも運転できるように改造しました。

父は確か週2回リハビリに通っていました。
でも、家でのリハビリには積極的ではありませんでした。
しかし、お酒が絡めば、自力で階段を上って取りに行く、という
ことをするくらい、お酒は相変わらず大好きでした。

このような生活が2年ほど続きました。

食道がんになりました。


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統合失調症

私には兄がいるのですが、兄が19歳の時に統合失調症になりました。

統合失調症とは、簡単に説明すると、思考や感情がまとまりにくくなる病気で、
症状が強い時には妄想や幻覚の症状がでます。
およそ100人に1人弱がかかる頻度の高い病気です。
ドーパミンが過剰に出る病気のようです。

発祥の時、「わー!っ」って叫びながら家の中をかけ走っていたのを覚えています。
母が宥めて、3人一緒に寝ました。
(父はその時どこに居たのか、覚えていません。)

最初は都心にある、統合失調症で有名な病院に通院しようとしたのですが、
通院が大変なので、家の近くにある、統合失調症で有名な、入院施設のある病院に
通院することになりました。

その後、母方の祖母の家で療養していました。
通院はどうしていたのかは分かりません……。

症状がある程度落ち着いてから、自宅に戻ってきて、
予備校に通っていたと思います。

その後、大学へ行き、卒業。
大学卒業の後、専門学校にも通っていました。
車の免許も取得しました。

でも、本人に病識が無く、2回ほど症状が悪化し、入院しました。
さらに、アカシジアが頻繁に出るようになって、薬を変えるために入院したこともありました。

現在は、病識もあり、症状も落ち着いており、アカシジアも出ていません。


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うつ病

私、2010年にうつ病になりました。
現在も治療中です。

症状は、倦怠感、胃部不快感、めまい。
最初は内科に通院していたのですが、症状はだんだんと悪化していき、
とうとう精神科に通院することにしました。
精神科に通院する段階になった時には既に、症状が酷かったです。
会社にも行けず、家でも具合が悪すぎて何もできず、
母に家に来てもらいました。
余りにも具合が悪すぎて、すぐに休職するように主治医に言われ、
休職して実家に帰って療養することになりました。

休職して1か月後に、友人のハワイ挙式があって、それに出席したんですけれど、
挙式まではなんとか堪えられたのですが、その後、やはり体調を崩して、
帰国日までホテルで寝る羽目になりました。

帰国後、今まで症状になかった「希死念慮」が出るようになりました。
でも、希死念慮は休息ですぐになくなりました。

休職して、最初の半年は1か月に1回、自宅に帰宅して、精神科やほかの病院に通院していたのですが、
その後は、自宅に帰宅するのは3か月に1回にして、精神科や矯正歯科は自宅近くの病院に
通院することにしました。
精神科は2週間に1回通院することになりました。

精神科では、抗うつ薬を徐々に増量して、家ではひたすら休職しました。
家ではネットとかしてました。

休職期間ギリギリに、会社に復職することになりました。
2週間、リハビリ出勤しました。

復職後の仕事は、復職前とは全然違う仕事でした。
復職前の仕事は事業撤退していたのです。
で、人手が足りない仕事に回されたのですが、
リーダーと私の2人チーム……。
リーダーは不在がちだし、私は全く初めての仕事で右も左もわからないし、
非常にストレスがたまりました。
仕事だけは早くやれ、と言われました……。
上長も正直役立たずです。

次の仕事も、全く初めての仕事でした。
何をやっていいのか分からない状態からのスタートでした。
仕事が終わらず、うつ病で残業禁止なのにサービス残業しました。
さすがの上長も見かねて、もう一人サポートでつけてくれました。

さらに次の仕事。全く別の部署の手伝いでした。
このころから、また体調を崩し始め、会社を休みがちになりました。
仕事中の態度が悪いとかで、上長経由でクレームが来たりしました。
(打ち合わせ中に薬の副作用で極度の睡魔に襲われたりしていました。)

この仕事の途中で、別の事業所への異動の話があり、
引継ぎ作業をして異動しました。

異動してからは、また体調が回復しました。
異動先での仕事はまったくの初めてでしたが、周りのサポートが手厚かったので
仕事は順調でした。
順調で体調も大丈夫そうだったので、1か月10時間までの残業もOKになりました。

3月の月末処理は非常に大変で残業も目一杯したら、4月からまた体調を崩し始め、
6月の段階で有給休暇がほとんど無くなってしまいました。
産業医から休職するように言われ、休職することにしました。
多分、体調を崩したのは、日中の眠気が辛くて薬を減らしたりしたからだと思います。

最初は1か月だけのつもりでした。
でも、2週間のリハビリ出勤がちゃんとできず、長期で休職することになりました。
家からリハビリセンターに通ってリハビリするつもりだったのですが、
会社の規則で独り暮らしの人は実家に帰って休職する必要があり、
リハビリセンター利用の許可が会社からおりませんでした。

それでも、その時の主治医と相談して、独り暮らしなんだから、独り暮らしで
生活できるようにならないといけないよね、ということで、独り暮らしのまま
療養していました。

その後、自分の考えが変わり、今の会社を辞めよう、でも辞めるのは休職期間が
終わってからにしよう、となって、実家に引っ越すことにしました。

現在は月2回精神科に通院しながら、実家で療養しています。

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外科矯正

私、上顎前突で下顎後退、しかも歯並びガタガタだったんです。
ずっとコンプレックスでした。

社会人になってから、自費で歯列矯正始めました。
自費で歯列矯正していて、うつ病になって休職して実家に引っ越した先での矯正歯科で、
顎変型症の診断がされて、保険適用で外科手術に向けた歯列矯正を始めました。

保険適用の歯列矯正を始めて1年半くらいで、手術をすることになりました。

手術から4日間は痰が酷くて呼吸が辛く(でも血中の酸素濃度は正常値)、
嚥下障害も起こしていました。
地獄の4日間でした。
4日たった頃には、痰も落ち着いて、食事もできるようになりました。
入浴できるようになったのは手術から1週間たった頃でした。
点滴の針を手の甲に刺したままシャワーを浴びるのは、痛くてなかなか大変でした。
食事は手術から1週間くらい流動食でした。

点滴の針が取れたころには、もう元気な入院患者でした。
退院まで、食事は刻み食でした。
入院から退院まで約20日かかりました。
洗濯は、病院のコインランドリーでしていました。

手術から約1年後、このころは復職していたのですが、
今度はオトガイ形成の手術をすることになりました。
今回の手術は、麻酔が切れたら、途端にお腹が空いて、
ポカリスエットとヨーグルトを食事として出してもらいました。
術直後からとても元気でした。
次の日から退院まで、食事は刻み食でした。
すぐシャワーを浴びることもできるようになりました。
点滴の針は、今回は点滴の必要な回数が少ないことから、少し早めに取ってもらいました。
今回は洗濯はお見舞いの度に(頻繁に来てもらっていました)
母に家に持って帰ってもらって洗ってもらいました。
オトガイ形成の手術の時は入院から退院までずっと元気な入院患者でした。

その後、1年くらい術後矯正をして、矯正装置を外しました。
矯正装置を外した後は2年ほど保定していました。

今はもう2年経っているので保定装置を着けなくてもいいのですが、
歯が動くのが嫌なので、寝るときだけ保定装置を着けています。
半年に1度ほど矯正歯科にお世話になっています。

 

私が思うのは、歯並びが悪い人や、顎変型症の人は、絶対に治療をすべきだと思います。
コンプレックスになるし、心に深い傷ができたりします。
病名がついて保険適用で治療ができるのは、「病気」だからです。
他の病気なら手術したりするのに、なぜ、顎変型症は治療しないのでしょうか?

 

顎変型症のことで、私で相談にのれることがあれば、相談にのりますので、
ぜひTwitterで連絡ください。

 


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